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本誌だけが知り得た独占スクープ!石井苗子スキャンダル劇の核心部分

▼石井苗子スキャンダル劇

若い男は本気だった。だが、著名な女性キャスターにとっては単なる遊びにすぎなかった…。たったこれだけのことなのに、マスコミがこぞって大騒ぎしている事件がある。 ほかでもない、知性派キャスターとして知られるあの石井苗子をめぐり、この間、週刊誌やスポーツ紙、ワイドショーが「年下ストーカー男とドロドロ不倫」「謎の全裸写真流出!」と書き立てた例の騒動のことである。

そもそもの発端は、2月の初句に発売された『女性セプン』のこんな記事に遡る。〈不倫関係1年8か月!/17歳年下愛人男性宅に投げ込まれた石井苗子「全裸写真」事件〉 いわく、27歳の独身の男がファンレターをきっかけに石井と出会い、すぐにふたりは結婚を約束。1力月後には肉体関係を持ち、さらに都内中央区に高級マンションを借りてふたりの会社も設立し、そこで半同棲するようになった。だが、石井には夫も子供もいたため、やがてふたりは破局。そして男の借りていたマンションに、どういうわけか何者かが24枚にも及ぷ石井の「全裸へア写真」を投げ込んだ、というのがその主な内容だった。

ところがこの雑誌の発売から数日後、今度は新聞各紙にこんな記事が載った。
〈石井苗子を脅迫/ストーカー男逮捕!〉
そう、石井との関係を告自した件の若い男、副島賢治が、石井に「夫と別れろ」云々と脅追した凝いで赤坂署に逮捕されてしまったというのである。そして騒ぐマスコミをよそに、当の石井苗子は「写真の件も交際も、男の自作自演です」とコメントを発表。つまりすべては「ストーカー男」のデマだ、といい切ったのだ。

だが残念ながら、マスコミ側には石井の主張の矛盾点を追及する材料が山ほどあった。
「副島の話にも首を傾げる部分はあるが、しかし、石井の荷物が置かれた部屋の写真、旅行の写真、プリクラ、友人・知人・親族の証言と、その数々の"証拠"をみるかぎり、ぷたりが愛入関係にあったことは間違いない。客観的にみても石井より副島の主張に分があるよ。事実、マスコミの追及に石井の反論は二転三転。2月中旬に行った記者会見では、結婚の約束や半同棲については否定したものの、さすがに男女関係があったことだけは暗に認めていましたからね」(小学館関係者)

ようするに、この石井苗子騒動とは、「奔放な」女性キャスターが若い男との半同棲生活を楽しんでいたら、いつの間にかそれが”危険な情事”と化してしまった−−本来なら、ただそれだけの話にすぎなかった。

だが、このドロドロ不倫劇が大騒ぎになるなかで、実ほ副島以前の愛人の存在、石井苗子のもうひとつの「奔放な性」も浮き彫りになったのだ。例の「全裸写真」である。「副島は、この『全裸写真』は自分が撮影Lたものではなく、何者かが自宅に投げ込んだものだといっています。とすれば、あの写真は石井が副島以前に愛人関係にあった男との密会で密かに撮影したもの、と考えるのがもっとも自然でしょう」(別の小学館関係者)

ところがマスコミは、この石井の「過去の愛人」についてはなぜか及び腰だった。たとえば、石井が「分からない。確認できない」と写真の存在そのものを否定すると、メディア側も目伏せ入りで「全裸写真」を掲載したあげく、「この石井苗子に酷似した女性は誰なのか?/謎が謎呼ぷミステリー」などとマヌケなことを言い出してしまうのである。

さんざん大騒ぎしておきながら、この歯切れの悪さはいったい何なのか。 しかし考えてみれば、それも当然だろう。というのも、実をいえばこのスキャンダルの裏側には、大手出版社や新聞社には絶対に書くことができないタブーが横たわっているからだ。それもひとつだけではない。ふたりの大物作家にまつわるタブーが、である。

▼ヌード写真の撮影者は島田雅彦

実は本誌も、複数のルートを通じて目伏せ前の「全裸写真」を確認してみた。やはり写真の女性は正真正銘石井苗子に間違いなく、しかも現在より若くみえるその姿態は、副鳥と関係のあったここ1、2年のものとも思えない。とすれば、誰が撮影したものなのか。

「副島は『自宅の郵便ポストに何者かが投げ込んだ』と言っていたようだが、おそらくそれはウソでしょう。推測ですが、たぶん半同獲していたマンションに置いてあった石井の荷物から抜き取ったものなんじやないか。というのも、あの全裸写真を撮影した人物が副島の自宅に写真を投げ込むことなど、絶対にあり得ないからです」(事情を知る人物)

それもそのはず、石井の元愛人であり、写真を撮影した人物とは、石井と同等、いやそれ以上に有名な人気作家だからだ。

ハッキリ言おう。マスコミがけっして名前を明らかにしようとしない全裸写真の撮影者とは、ズバリ、あの島田雅彦なのである。過去に本誌が指摘したように、石井苗子はこの人気作家と3年ほど前まで、約5年もの間、まぎれもなく愛人関係にあったのだ。 文壇関係者もこう証言する。

「島田は取材に来た何社かのマスコミに対し、例のニベもない口調で全裸写真どころか石井苗子との関係じたいも否定したらしいけど、よく言うよ(笑)。島田と石井がダプル不倫関係にあったことなんて、文壇関係者なら誰でも知っていた事実だからね。逆説的にいえば、愛人関係を否定するということは、自分が撮影したと言っているようなもの」

石井と島田の関係が始まったのは、彼女が「CBSドキユメント」(TBS系)のキャスターをしていた当時の91,2年ごろ。新宿5丁自の文壇バー「K」で偶然出会い、石井から積極的にアプローチしたのがそもそもの始まりだったという。文壇関係者が続ける。

「あの日はたしか、先に石井苗子が西部邁や文壇関係者数人と『K』で飲んでいたら、後から島田がひとりで来て、いつの間にか一緒に飲んでいたんだ。石井は傍からみても当初から島田にペタ惚れで、西部の話なんかロクに間かずに島田の顔ぱっかりジィッと見つめてたよ。ぞの後、石井が島田とどこかに消えたかどうかは忘れちやったけど、この日以来、ふたりの関係は文壇中の噂になった」

噂にもなるはずである。なにしろこのふたり、たしかにこの日以来、さまざまな場所に連れ立って出没するようになるのだ。

たとえば、新宿3丁自の文壇バー「E」には、少なく見積っても4、5回はふたりで飲みに来ているし、同じく明け方の新宿の居酒屋「D」では、ベロベロになった島田をやさしく介抱する石井の姿も度々目撃されている。

「たしかにふたりはラブラブでしたよ。石井苗子は島田が地方に講演に行ったりすると、必ずついていっていたし、平日の夜は酒ばっかり飲んでいる島田のことを、石井は『cBSドキュメント』が終わった後に自分でアメ車を運転してよく迎えに来ていました。石井がテレビ朝日の『週刊地球TV』に出演している時ほ、逆に島田が用もないのに控室にいたこともあったらしい。とにかくふたりとも、お互いが好きでたまらないというか本気というか…、真剣な愛人関係だったのは間違いない」(文芸誌編集者)

いや、熱愛ぷりだけではない。94年に大江健三郎がノーペル文学賞を受賞した日には、芥川賞最多落選のタイ記録保持者の島田がひがんだのが原困なのか、新宿2丁目の文壇バーでふたりは大ゲンカもしていたという。

つまり、石井苗子も島田雅彦も、今回のスキャンダルでは体面上から否定してみせたにすぎないのだ。ふたりが愛人関係にあったことなど誰の目にもバレバレだったのだから。 そして当時、実は石井と島田がふたりっきりになるために、下世話に言えばセックスするために、借りていた部屋があった。東京・渋谷にあるそのアバートの、布団が敷かれた殺風景な一室…。そう、例の「全裸写真」の撮影場所となったのが、この部屋なのだ。

▼島田雅彦との愛欲生活

別の文壇関係者がこう証言する。「島田も石井も公式には認めないだろうが、ふたりが密会用のアバートを借りていたのは事実。当時、島田がそう言っていたことは複数の文壇関係者が知っているからね」

たとえば、東京スポーツに掲載された「全裸写真」の片隅に写っているロシア人形。これほまさに島田グッズではないのか。なにしろ島田は、露文科卒業のうえ、初めて行った外国がロシアなら、いまの夫人を大学でナンバした時に着ていた服もルバシカというロシアの上着。さらにロシア料理を作りロシアのルポも書くというロシアオタクなのである。 文壇関係者がこう続ける。

「その意味でもあの写真の部屋は島田との密会用アバートだったと思って間違いないだろう。だいたい石井は、今回の男ともそうだったらしいけど、当時からウイークデーは夫と子供のいる自宅に帰っているフシはなかった。じゃあ彼女は土日以外はどこにいたのか。当時は島田とラブラブな時期だったし、とするとあの部屋しか考えられない。たぷん、島田とあの部屋で愛欲まみれの日々を送っていたんじやないの(笑)。一説に単なるブレイルームって噂もあったくらいだから」

実際、島田が石井の「全裸写真」を撮影した理由じたい、実はある種の”プレイ”だったとの説も根強いのである。
というのも、もともと島田雅彦は、村上寵が『トバーズ』でMよりSのほうが創造的と主張したのに対し、むしろMこそ文化的で教育的と反論したぐらいの自称マゾヒスト。 その島田と性に奔放な石井の組み合わせなだけに、ふたりにはSM関係説も噂されたのだ。 「4年程前に、石井苗子は島田雅彦とのカラミを加えたヘアヌード写真集の企画を出版社に売り込んでいたことがあったんだ。しかもその中の1社が、以前は縛りでも知られたKKペストセラーズ。残念ながらこの企画はポッになったようだが、実現していれば、ニュースキャスターのコスプレをした石井がハイヒールでマゾの人気作家の顔を踏む、といったマニア受けするフェティッシュな写真集になっただろうね(笑)」(出版関係者)

事実、こんな話もある。というのは、例の24枚に及ぷ「全裸写真」のうち、本当に全裸で立っているあるカットにだけ、石井の身体の一部分にキズがついていたというのだ。

前出の事情を知る人物がこう明かす。
「片方のヒザが、なぜか赤く擦り剥けていたんですよ。ほかの写真にはこのキズは写っていなくて、この一枚にだけね。そのため一部の関係者の間ではさまざまな憶測を呼んでいます。島田雅彦となんらかのプレイをした時のキズなのか、あるいは部屋が畳のため、バックでしている時に擦り剥いた跡なのか、と」

いやはや、さすが石井苗子。かつて映画『あげまん』で、さげまんの”ヤリマン”を演じただけのことはある奔放ぷりである。

それにしても、彼女はつくづく年下の男が好きらしい。副島賢治に鳥田雅彦と、どちらの年下男の場合も、自分から積極的に接近し、関係を持ったら密会場所で平日の夜を濃密に過ごす…。この性生活をみると、彼女が昨年10月、『婦人公論』に寄せた一文を思い出さずにはいられない。〈女性が性というものを、自分の趣味・嗜好といったことも含めて、肉体的にも精神的にも余裕をもって楽しめるのは、40過ぎかもしれません。/ですから、郷代半ばを過ぎて性欲が安定してきた男性と、経験なり肉体釣な成熟で性の楽しさを知った40代の女性との組み合わせなど、生物学的にみたとき、性のバランスという点ではちょうどいい…〉

石井を知るテレビ関係者はこういう。
「生物学的というよりも、これは彼女の本音。石井さんは、とにかく年下でハンサム、かつそれなりのバックポーンのある男をみると、すぐに自分からアプローチしてしまうんだ。副島賢治の場合も、素人のファンから手紙が来たからといって、すぐに会いに行くか、フツー?彼女特有の”性”なんだよ」

ただ、石井には、若い男にのめり込みたくなるような”事情”もあったのである。ワイドショー的倫理観からすれば、不可解としか思えない彼女の家庭という事情がそれだ。 「たしかに彼女の家庭は、一般的な家族像からはかけ離れている。妻であり、男一女の母親でもある石井は、若い男ができれば家には週未しか姿をみせず、夫もそれを容認しているばかりか、自分は石井の”主人”ではなく”連れ合い”だ、とわざわざ強調する。どう考えてもヘンだよね。ひとついえるのは、石井にとって副鳥や島田との関係は不倫でほなく恋愛だったということ。石井と夫君は、戸籍上は夫婦でも実質上は夫婦ではないということだろう。詳組は分からないが、どうも夫君と石井のハンディキャッブを持つ妹、そしてふたりの子供には、なにか隠された秘密があるんじゃないか」(前出・テレビ関係者) 元来の年下好きに加え、おそらく家族に対するある種のストレスが石井苗子の性の暴走ぷりを加速させた、と考えていいだろう。

だが、同じ年下男にハマるにしても、それが島田雅彦までなら間題はなかった。そもそも島田も既婚者だったうえ、石井は島田にも、自分は既婚者あるいは独身だとはいっさい明かすことはせず、島田もあえてそこには触れないで関係を続けていたからだ。しかし、副島賢治という島田に輪をかけて年齢が若く、ある種の狂気を秘めた男は違った。彼にはこうしたオトナの論理は通用しなかったのだ。若い男にハマッたあげくの自業自得というしかないだろう。しかし、普通ならここで終わるはずの今回の騒動も、これだけではなかった。実をいえば、この騒動にはもうひとつ、さらにとんでもない舞台裏があったのである。

▼副島の背後に曽野綾子も

副島が石井苗子への脅迫容疑で逮捕され、新聞を賑わしていた時、旧日本船舶振興会、現日本財団内で、ヒソヒソとこんな会話が交わされたという。「エッ!例の男が逮捕されたのか…」「会長どうするんだろう?」

というのも、副島に翻弄されていたのは、なにも石井苗子だけではなかったのだ。実はもうひとり、この若い男にハマッていた「オバサン」がいたのである。なんと驚いたことに、日本財団会長、あの曽野綾子センセイまでもが副島との”親密な関係”を指摘されていたひとりだったという。「ええ、副島君が日本財団3階の会長室に頻繁に出入りしていたのは本当です。詳しくは知りませんが、曽野会長が個人釣に可愛がっていたようですね」(日本財団関係者)

それだけてはない。そのうえ、曽野綾子にはこんな噂までささやかれているのである。別の日本財団関係者がこう語る。
「にわかには信じがたい話なんですが、副島が石井苗子を告発した例の『女性セブン』の記事は、曽野会長が黒幕だといわれているんです。実際、副島を『セブン』の編集者に紹介したのは曽野会長らしいですよ」

実は副島は、今回の騒動の発端となった記事とはまったく別の件で、一度だけ『セブン』に登場したことがある。昨年12月3日号に3ページにわたって掲載された、〈曽野綾子さんのNGO報告/「サルポダヤト」―村づくり運動で思い起こした戦後ニッポンの原点〉がそれで、この、曽野が財団の援助先に視察にいったという提灯記事にある写真をよくみると、ぞこになぜか副島がいるのだ(グラビア頁参照)。

曽野がスリランカの村で子供たちから歓迎を受け笑顔をみせているその真後ろに、まるで背後霊のようにビッタリと、まさに親密に寄り添う副島が確かに写っているのである。 いったい、これはどういうわけなのか。副島の友人のひとりはその訳をこう明かす。 「曽野綾子と副島は、スリランカを媒介にして知り合ったんです。副島の父親は宝石商ですから、もともと宝石の産地として知られるスリランカとは縁が深かった。というより、父親はスリランカ政府中枢にパイプを持つ政商なんです。その関係から、副島は大学を出るとすぐ父親に3年間もスリランカに送り込まれたんですよ。これは副島から聞いたんですが、二人は、副島がスリランカと日本を行き来していたその当時、飛行機の中で出会ったらしい。彼のいうには、曽野のほうからナンパしてきた、と(笑)。副島はバックパッカーのような汚い格好でいつもファーストクラスに乗っているから、それが珍しかったのかしれません」

以来、曽野と副島は急速に関係を深めていったというのである。曽野といえぱ、船舶振興会時代から笹用良一の息子・陽平との親密ぷりが有名で、一時ほふたりはデキてるという噂まで流れたほど。もしかするとこの作家には若い男をみると仕事にかこつけて使ってしまうクセがあるのかもしれない。

そして副島賢治は、石井苗子の一件ても分かるように、年上の女性にしか興味のない典型的なマザコン。そういえば、実は本誌は逮捕の翌日、彼が母親と経営している陶器店で母親を取材しているのだが、その時の口ぷりは、「最近、週刊誌にいろいろ書かれて悩んでたみたいだから、心配しと、これも27歳の息子から子離れできていない典型的な母親像だった。その意味では、副鳥が曽野の”若いツバメ”だったとしても不思議はない。 そして、こうした関係を経て曽野から副鳥に依頼された仕事が、曽野の海外視祭のコーディネイトだったという。「財団は世界各地のさまざまな団体に援助金をバラまいていますから、確かに曽野はよく海外へ視察に出かけるんです。でも副島の場合コーディネイターというより、ようは体のいい曽野の個人秘書、アクセサリーですよ。しかもその際の報酬は、すべて財団から支払われているんですからね」(元財団関係者)

先の『セプン』のスリランカ同行記事も、そうした視察という名のいわぱ”同伴旅行”のひとつであり、実をいえぱこの時に、副島は曽野から『セブン』編集部の人間を紹介されたというのである。

とすれぱ、やはり曽野が石井苗子騒動の黒幕なのか。一説には、曽野は副島を苦しめた石井苗子に対して激怒しており、『セプン』の告発記事も、曽野、副鳥、編集者の三者会談て決まったという噂さえあるのだ。

だが、この「曽野綾子仕掛人説」を確認するぺく、曽野に取材しようとしたところ、電話口に出たセンセイは「おたくの雑誌には協力する必要はないと思います」と取材拒否。
仕方なく、あらためて日本財団広報部を通じて文書で質問すると、曽野からこんな返答文音が送られてきた。「副島賢治氏については、曽野が個人的に知ってはいましたが、深い交際があったわけではありません。(略)副島氏の個人釣な生活に関しては、曽野個人も全く関知する間柄ではありません」(抜粋)

さすが権力大好きオバサン、見事なまでに官僚的な「答弁」である。省路した部分も含めて要約すると、ようするに、たしかにスリランカ視察では仕事を頼み財団から金を払ったが、副島の個人的なことについてはいっさい知らん、とつまりこう言いたいらしい。

しかし前出の副島の友人はこう反論する。
「曽野さんが副島の個人的な生活を知らないなんてことはないと思いますけどね。事実、曽野さんは、まったくのプライペートでも副島の陶器店に遊びにきて、陶器なんかを買っているんです。”深い交際”があったかどうかはともかく、副島のことが相当お気に入りだったことだけは間違いありません」

結局のところ、曽野綾子もまた石井苗子同様、若い男に入れ込んだあげく、痛烈なシッぺ返しを食らって右往左往したひとりというわけだろう。

競艇のテラ銭で金をバラまき慈善家ぷっているヒマがあったら、年下の男に浮かれまくる自分の醜態を少しは顧みたらどうか、と絶対にこの一件を書けない文春を筆頭としたマスコミに成り代わり提言しておく。〈敬称略〉